Connecting Smart Tokyo to World Cities~France(Dijon・Paris)~
Part②(Paris:オープンデータを活用した都市のリデザイン最前線)


東京都

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はじめに(海外先進事例の現地調査)

 デジタルサービス局では、東京デジタルアカデミーの一環で、都及び区市町村職員の能力向上や政策立案への反映を目的に、海外のデジタル先進事例に関する情報収集や知見獲得を行っています。今回は、2023年11月に現地調査したディジョン・パリ(フランス共和国)の様子を速報版として2部構成でお届けします。
フランス出張報告Part①「Dijon:大都市圏統合型スマートシティ構想」も併せてご覧ください。
※詳細な調査内容は2023年度末にあらためて公表を予定


この記事でお伝えしたいこと

ウォーカブルシティの最前線
都市政策におけるオープンデータの活用
デジタルシンクタンクとの協働

(1~3はPart①「Dijon:大都市圏統合型スマートシティ構想」をご覧ください)

4.パリ:オープンデータを活用した都市政策 

 徒歩や自転車の圏内で日常生活が完結するような生活圏の概念がグローバルに注目されていますが、パリの「15分都市構想」はその先駆けといえます。かつて交通渋滞を起因とした大気汚染や騒音といった公害を体験したパリですが、脱炭素の潮流やコロナ禍で生活圏内への関心が高まったこと、そして2024年夏期のオリンピック開催に向けて、ウォーカブルな公共空間への再編や持続可能なモビリティの普及を加速させています。こうした取組を支えるのは既述(Part①-2.フランスのオープンデータ推進)のオープンデータ推進政策です。歩行者・自転車・モビリティ・自動車・バスの導線、駐車場の位置、歴史的建造物をどのように守るかなど広範な情報をクロスさせたデジタルデータを活用した徹底した現状分析・将来予測が、大掛かりな都市のリデザインを可能としているのです。
 このように、データ・デジタルの力を活用しながら、急ピッチでアップデートを続けるパリのリアル空間を体感するため、現地コーディネーターの解説のもと、フィールドワークをしてきました。また、より複合的な分野について長期的な視点で分析したデータの提供を通じてパリの都市政策を支えるAPUR(パリ都市計画機構)にヒアリングを行い、洞察を深めてきました。

【パリでのフィールドワーク】
 パリの街では、市民の生活の質を向上させ、魅力的・持続可能な都市環境を提供することを目指し、公園や広場の改善、歩行者専用エリアの拡大、自転車レーンの整備、エネルギー効率の向上や文化イベント・市民参加プログラムの促進などを行っています。
今回のフィールドワークでは、公共空間再編の取組事例として、「7つの広場の改革」「あなたの地区を美しくするプロジェクト」の現場をまわりました。

(7つの広場の改革)
 パリ市の「7つの広場の改革」は、市内の7つの主要な広場を市民の憩いの場として再活性化するための取組です。広場の交通規制を強化し、歩行者や自転車利用者の利便性を向上させるほか、緑化などを通じ、一層魅力的な空間へのリデザインが進められています。取組では、地元住民や利用者の意見を反映させるためのパートナーシップが重要視され、アーキテクトやアーティスト、行政や地区の専任議員なども参加する住民会議での合意形成のプロセスは、すべてオープンデータ化され、パリ市のサイトに掲載されています。この結果、7つの広場では、25,000 ㎡ 以上の道路が、歩道、自転車道、歩行者専用エリア、緑化に変わり、15,000㎡以上の植栽面積が創出され、150本の木が植えられました。今回訪れたバスティーユ広場も、かつての車道としての喧騒とは対照的に、人々がのんびりと散策する様子が広がっていました。

【7つの広場の改革】車道から広場に生まれ変わったバスティーユ広場
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出典:パリ市webサイト

【7つの広場の改革】
 https://www.paris.fr/pages/le-renouveau-des-grandes-places-parisiennes-6994


(「あなたの地区を美しくする」プロジェクト)

 「あなたの地区を美しくする」は、「beautify your neighborhood」と英訳されるネーミングで市民の自分ごと化や地域コミュニティの結束を引き出す地域美化の取組です。原則として、緑化や駐車場スペースの用途変換、エリア内に学校を据えること、4分の1は労働者階級の居住地域で行われることなどを据え、公園・広場・歩道スペースの改善、建物の概観・ファサードの美化、ゴミの分別・リサイクル、緑地保護など、市民はオンラインで幅広くアイデアを出しながら、地域の魅力を引き出すための取り組みに参加できます。2021から2023年までに36のプロジェクトが実施されており、そのうちのひとつにカー・フリー・スクール・ストリート推進の取組があります。

(カー・フリー・スクール・ストリート)
 都市の交通問題や子供の安全に対する課題感を背景に、改めて、カー・フリー・スクール・ストリートへの関心が高まっています。子供たちの安全と健康を最優先に、自動車の通行を制限することで、交通事故のリスクを減らし、子供たちが自由に遊び、学ぶ環境が創出されるものです。同時にストリートの緑化など環境への配慮や生活の質を高める観点も含まれていることが、これまでのスクールゾーンの取組との違いです。市内の幼稚園や小学校前の通学路を対象に、200か所近くで取組が進んでおり、視察した12区でも、魅力的なこどものための空間が広がっていました。

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【12区学校前整備エリア】
エリアには、道路にポップな絵が描かれていたり、仮設の図書館なども設置されていた。

【APURの取組】
 APUR(パリ都市計画機構)は、パリ市の都市政策を支えるシンクタンク的な組織で、予算の70%をパリ市から得ています。パリ市全体の変化を捉える分析・現状診断の調査や、パリ市の都市政策策定・都市空間再編成の過程に関与・参加すること、集計加工して発表するデータを全てオープンでフリーな情報にすることなどが主な役割とされています。パリ市の各事業部のリクエストに応じて、経済、気象、植栽、住宅、生活、景観、モビリティ、歴史的建造物管理など膨大な情報の中から、必要なデータを消化・分析・視覚化しながら、パリの広範にわたる政策を支えてきました。先述の「7つの広場の改革」の現状分析などでもAPURが広範にクロスしたデータが使われています。

 APURが整理している地政学情報

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※ 人口700万人を抱えるメトロポールの情報を中心に、経済、自然、植栽(木の本数)、住宅情報、生活状況、都市景観、モビリティ、歴史建造物の管理などの情報を扱っている。例えば、建造物状況に関しては100万のデータがある。

 ヒアリングでは、オープンデータのビジュアライゼーションについて、いくつかの例をみせていただきました。いずれもシンプルな数字データ×地理データといった組み合わせであることに注目できます。
 まず、1枚目のスライドの上段では、人口動態を地図に色付けし、人口の状態や人口がどのように推移しているかを可視化しています。下段は、住居情報であり、中央のグラフは市民がどのような形態の住居に住んでいるかというデータです。これを地図上に色付けし、どの地域のどの形態の住宅に市民が住んでいるかを可視化しています。

スライド1:人口推移や住宅情報の視覚化
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 2枚目のスライドの上段では、雇用状況の数字を地図にマッピングして掛け合わせ、どの地域に失業者が多いか、完全雇用者が多いかを分かりやすく可視化しています。下段では、パリ郊外で進行中の200km超の地下鉄延伸工事が完了した際、最寄りの公共交通駅から10分圏内の地区を黄色で示しています。推定調査、将来の予測調査のようなこともビジュアル化しています。

スライド2:失業者情報の視覚化や移動調査(将来予測)
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 スライド3の上段は、日照状況をグラフ化、地図化し、どのような地域に太陽光パネルを効果的に設置できるか判断するための材料としています。下段は、行政施設である学校、プールがどこにあるか、経済状態によってどのような地区に人が集まっているか、どういった施設が集中しているかを地図で表し、生活のイノベーションに向けて検討しています。

スライド3:環境や生活のイノベーションに向けた視覚化
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 最後に、街路樹の計画について、パリ市行政や市民への説明用のビジュアライズです。スライド4の中央では、それぞれの街路で、どこにどの程度の高さの植林が行われているかを示しています。右の上の図では、それぞれの土地の何%が緑化されているか確認することができます。例えば人口700万人のメトロポールでは、土地の40%が緑化地帯ですが、パリ市内では20%しか緑がありません。下の図では、人口一人あたりに対する緑化面積が示されています。中央のパリ市が赤いのは一人あたりの緑化面積が2平方メートル以下しかないためです。スライド5では、街路の広さや、地上の建物のほか、地下ネットワーク・ライフラインまでの情報を全て組み合わせて、下の図のように、どこにどの程度の高さのどのような街路樹を新しく植栽することが出来るかという判断の材料としています。

スライド4・5:街路樹の計画についてパリ市や住民に説明するためのビジュアライズ

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 以上は、取組のほんの一部ですが、こうした情報はすべてオープンデータ化され、データによっては、更にシンプル化されたうえで、それぞれのコミュニティ・地域の植栽計画や、自治体における住民合意形成のプロセスなどで活用できるようになっています。
(オープン化された街路樹の該当ページ)
 https://www.apur.org/fr/nos-travaux/espaces-publics-vegetaliser-paris
 https://www.apur.org/fr/nos-travaux/orientations-espaces-publics-vegetalises-paris

【Paris まとめ】
 パリでは、2024年オリンピックを控え、確実に都市のインフラやモビリティのアップデートが進んでいました。都市計画における豊富な歴史的経験・知識を有するパリが、デジタルシンクタンクとの協働によって、革新的なアイデアやソリューションを着実に見出しながら、持続可能な未来を実現するためのリーディングシティとしてのプレゼンスを高めているのです。都市政策にいかにデータを活用するか、まちづくりとデジタルのナレッジをいかに融合させるかを体現する取組といえるでしょう。

5.最後に

 今回紹介したディジョン、パリいずれの都市においても、戦略的な都市政策を基盤にデジタル技術が活用された結果として政策の高度化が実現していました。スマートシティの実現に向けた明確な戦略を持ったうえで、デジタル技術を活用することで、都市の持続可能性や効率性の向上を目指しているのです。また、これらの都市では、既存の政策や事業とスマートシティの取組を結び付ける努力がされています。スマートシティの取組は、単独のプロジェクトや実験ではなく、既存の政策や事業と連携してはじめて効果を発します。
 このような示唆を踏まえると、スマートシティの取組を進める上で、以下の点に注意する必要があると考えられます。
 まず、都市の戦略的な目標とスマートシティの取組を一体化させることが重要です。具体的な目標を設定し、これに基づいてデジタル技術を活用することで、効果的な取組が可能となります。また、異なる部門の関係者との連携も欠かせません。スマートシティの取組は、単一の部門だけで進めることが難しいため、関係者間の情報共有や意見交換を通じて、より効果的な取組を実現することができます。さらに、取組を持続させるためには、適切なリソースの確保も必要です。ディジョンの取組で努力されたような、戦略的なロジックをもって、都市の予算や人員配置の中で必要な投資や人材の確保を進めることが重要です。
 東京の長い歴史の中で都市が積み重ねてきた知見や政策を基盤に、是非、こうした事例も参考にしながら、目標の一体化、関係者の連携、リソースの確保などを進め、デジタルの力で都市東京をアップデートしていきたいです。

※ 本調査の実施では、ヒアリング先や視察ルートの調整、事前のインプットなどを、ヴァンソン藤井由実先生にご協力をいただきました。
【参考文献】「フランスのウォーカブルシティ」(ヴァンソン藤井由美)

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