デジタルスキルマップによる戦略的人材育成


東京都

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はじめに

東京都では、ICT職という特定の職種を対象に、デジタルスキルの可視化に取り組んでいます。「デジタルスキルマップ(以下、DSM)」と名付けたその取組により、22項目のデジタルスキル、10種類のジョブタイプに体系化した上で、職員一人ひとりのレベルの可視化を実現しました。また、そのデータを集計・分析することで組織全体としての「現在地」も把握できるようになり、育成施策の企画等の材料として活用しています。現在では、DSMは人材戦略を考える上で無くてはならない存在となっています。

この記事では、そんなDSMについて、導入の背景や課題、具体的な仕組み、運用フロー、そして活用イメージなど、東京都の実例を交えながらご紹介していきます。

 

DSM導入の背景・課題感

東京都は、2021年度に、「都政とICTをつなぎ、課題解決を図る人材」として新たにICT職の採用を開始しました。デジタルスキルと行政の専門性をバランスよく身につけ、DXの牽引を期待される職種です。この大きな使命を持つICT職の育成を戦略的に実施していこうと考えたとき、私たちは大きく二つの課題感を持ちました。

一つ目は、「共通言語」を定める必要性です。デジタル系の用語はきっちり定義されていないものが多く、庁内には様々なバックグラウンドを持つ関係者が大勢いるため、人やプロジェクトによって定義が異なることが多々あります。これによるコミュニケーションのロスを抑えるため、最低限の標準的なスキル項目や役割については、共通言語を定めようと考えました。

二つ目は、「現在地」を把握する必要性です。ビジョンやTo Beという形で、将来こういう組織を目指したい、こういう人材に育てたい、という未来の姿を描くことはできても、現在どういう状態で、どこにギャップがあるのかを掴めていないと、現状に即した適切な打ち手を取ることはできないと考えました。そのため、庁内のデジタル人材の現在地、即ち、どういうスキルを持っている人材がどれぐらいいるのかを可視化する必要があると考えました。これは個人レベルでも同様で、現在の自身の状況を掴めていないと、将来目指す姿や組織から求められる役割とのギャップを理解し、効率的に成長していくことは難しくなります。

このような課題を解決する仕組み・枠組みとして、DSMの開発に至りました。

 

DSMの仕組み・枠組み

DSMでは、デジタルスキルを22個のスキル項目に分けて定義しています。

図1 スキル項目

戦略・企画系から、デザイン、データ、プロジェクト管理、アプリ、インフラ、セキュリティ、運用系など、なるべく網羅性を持たせて幅広く設定しています。少し細かすぎると感じる方もいるかもしれませんが、戦略的な育成に繋げていくためには、最低限これぐらいの粒度でデジタルスキルを捉えていく必要があると考えました。ちなみに、さらに細かくする方向性の検討もあり、例えば、#13 スマホアプリはiPhoneとAndroidで違ったり、#15 サーバ基盤についてもWindowsとLinuxで違ったり、さらに仮想化の要素もあったりと、細分化していくとキリがありません。いずれにしても、粒度の検討も含めて、ここにセットすべきスキル項目については、陳腐化することがないようにメンテナンスし続けていく必要があります。

そして、図1の右側にはレベルの定義があり、レベル0~3で判定する形になっています。このレベル設定も、悩んだポイントの一つです。最もシンプルな形は、スキル項目ごとに「○」か「×」を付ける方式ですが、二択にしてしまうと、「○」の中でもレベル感が大きく違うケースが出てきてしまいます。例えば、「アプリ開発ができる」といった場合に、詳細な手順を渡されてその通りにならコーディングができる人と、要件定義や設計から主導してアプリ開発そのものをリードできる人、どちらも「○」が付いてしまいます。当然ながら実際のパフォーマンスには大きな差があり、もともとの課題である「現在地」を把握するという観点では、その差を明確に捉える必要があると判断し、最低限のレベル設定として4段階に設定しました。

次に、ジョブタイプの説明です。聞きなれない言葉かもしれませんが、「職種」や「役割」という言葉に置き換えて理解いただいても構いません。

図2 ジョブタイプ

上述のデジタルスキルについて、22項目すべてをレベル3に引き上げることを意図するものではありません。一人ひとりが、自身が目指すキャリア志向や組織から求められる役割に応じて、必要なスキルを選び、それを集中的に伸ばしてほしいと考えています。その際の指標となるように10種類のジョブタイプを設け、それぞれに対して備えるべきスキル項目とレベルを定義しています。これに自身のスキルレベルを照らして、不足している部分を優先的に伸ばしていく、という形で活用してもらっています。

 

実施フロー

次に、どうやって一人ひとりのスキル可視化を行ったのか、その流れを紹介します。

図3 DSM実施フロー

まずは用意したフォームに、これまでの業務経験や知識レベル等を入力してもらいます。業務経験といっても単にプロジェクト情報だけではなく、プロジェクトごとの複雑性や難易度、担った責任のレベル等、詳細に入力してもらっています。そして、その入力内容に基づき、スキルレベルを判定してフィードバックしています。

ここで拘ったポイントは、1on1をフローの中に組み込んだことです。形式的に「スキル可視化」を行うだけであれば、フォーム入力~判定~フィードバックだけで完結させることはできました。ただ、私たちが大事にしたかったのは、スキルレベルが分かって終わり、ではなく、それをもとに、一人ひとりがスキルアップに向けたアクションを起こしてもらうところまで促進する、ということでした。そのため、フローの中に1on1を組み込んで、業務経験の振り返りやスキルの棚卸し、どのジョブタイプを目指したいか、どのスキルを伸ばすか、そのためにどんなアクションを取っていくか、といったことをコーチングして、自発的な気づきや行動に繋げていく、という取組を行っています。

 

アウトプットと活用イメージ

次に、アウトプットと活用イメージについてご紹介します。
まずは、個々の職員へのフィードバックです。 

図4 フィードバック(イメージ)

対象者一人ひとりに対して、スキル項目ごとの判定レベルと、ジョブタイプごとの達成度をフィードバックしています。ジョブタイプの達成度は、図2のマトリクスで整理した基準(スキル項目:◎/○/△)に対する充足の度合いを表しています。

次に、対象者全員のスキルレベルを集計した結果のイメージです。

図5 スキルレベル集計結果(イメージ)

スキル項目ごとに、レベル1~3がそれぞれ何人いるのかを可視化しています。例えば、中段にある「プロジェクトマネジメント」は、保有者数が最も多く、レベル3も20人以上いる、ということが一目で分かります。一方、「スマホアプリ設計・開発」については保有者数が少なく、レベル3が一人もいない、ということも分かります。従来も何となく保有者の多いスキルと少ないスキルの感覚は持っていたのですが、このように可視化されると、関係者の間でブレることなく、共通認識を持つことができるようになりました。

 

「スキル可視化」だけでは不十分

ここまでで、スキル可視化は一定程度、実現できたと言えます。しかし、このようなデータだけを見て、「プロジェクトマネジメントは保有者が多いから研修は不要」とか、「スマホアプリ設計・開発」が少ないから最優先で即戦力を採用しようとか、そのような判断を行うには、まだ不十分です。というのも、これはあくまでも人材が持つスキル、即ち供給サイドの情報です。戦略的な意思決定を行うには、供給サイドだけでなく、どのようなスキルが求められているのかといった需要サイドのデータも必要です。つまり、需要と供給のバランスをみて、需給ギャップが大きいもの(需要が大きく、供給が小さいもの)から優先的に検討していく、そのために需要サイドのデータが必要だと考えました。

そこで、東京都では需要サイドのデータも収集しています。

図6 需要調査結果(イメージ)

庁内各局に対して調査を行い、供給サイドと同じ22のスキル項目ごとの需要を可視化しました。これを先ほどの、供給サイドのデータと照らし合わせる形になります。

なお、各局への調査においては、スキル項目そのものに対する需要、例えば「ITストラテジー」に対する需要を直接聞いても、なかなか具体的なイメージができないのではないか、という懸念がありました。そこで、業務の類型を20以上設けて、スキル項目ではなく、業務に対する需要を聞く方式にしました。そして、業務の類型ごとに必要となるスキルを紐づけて、業務に対する需要をスキル項目に対する需要に変換しています。分かりやすい例を挙げると、「局ホームページのリニューアル」といった業務類型を作り、それに対して、UI/UXデザインやWebアプリ開発といったスキル項目を(重みづけをした上で)紐づける、というイメージです。調査に回答してもらうのが、いわゆるデジタル人材ではない職員であるケースが多いため、そういった場面では、分かりやすくイメージしやすい表現に置き換えるということも、工夫したポイントの一つです。

ということで、デジタル人材がもつスキルの可視化、即ち供給サイドのデータと、需要サイドのデータを合わせて、需給ギャップ分析を行うことで、デジタル人材の確保・育成における重点分野や優先的に検討すべき領域を特定することができます。この材料をもとに、戦略的な人材確保・育成に繋げていくことができると考えています。

図7 需給ギャップ分析(イメージ)

最後に

ここまで、DSMによるスキル可視化や需給ギャップ分析のご紹介をしてきましたが、決してこれが完成形とは思っていません。新たなスキルやジョブが生まれる一方で淘汰されていくものもあります。そして、当然ながら需要も変化し続けます。永遠に未完成という認識のもと、DSMを継続的にアップデートしていく必要があります。

また、現在のDSMはICT職を対象とするものですが、一般の行政職員に対するリスキリングやリテラシー向上も重要な課題です。これらの体系化や、到達レベルの可視化も、今後より重要性が増してくると思っています。

このような課題に対して、自治体ごとにゼロから検討して仕組みを築いていくことは明らかに非効率です。自治体間で積極的にナレッジやノウハウを共有し、全体のベースラインを上げながら、精度を高め合っていければと考えています。

2023年7月にはGovTech東京* も設立されました。区市町村、GovTech東京、そして東京都、これらの主体が一丸となって協働し、デジタル人材育成の高度化、そして日本全国の自治体のリファレンスとなるようなモデルの確立を目指していきたいと思っています。